おはようございます。アドラー心理学に基づく勇気づけの研修(外研修も)とカウンセリングを行う ヒューマン・ギルド の岩井俊憲です。
今日から6月ですね。
何だか毎月忙しく過ぎ去って行くようです。
今月は、月の半分ほど出張が入っています。
昨年初めて研修の機会を得た島根県 ― お陰で47都道府県すべて研修で制覇 ー では、今年もお招きをいただき、ついでに足立美術館を訪れることにしています。
それも楽しみです。
さて、「安倍総理はなぜトランプ大統領と親密になれたのか?:アドラー心理学の【誕生順位】を手がかりに」の3回目です。
ただ、誤解のないように書いておきたいのですが、この記事は、安倍総理に対するおべんちゃらではなく、あくまでアドラー心理学の立場から安倍総理-トランプ大統領の関係を例に「ライフスタイル」を理解するケース・スタディでしかないことだと申し上げておきます。
前回は、安倍総理が生育歴上、第二子と末子の性格傾向、つまり状況を観察しながら上の立場の人に合わせることができる「フォロワーシップ」の素養があることから対人関係が得意で、そのところが、安倍総理がトランプ大統領とこんなに親密になれているヒントの1つになっているであろうことを書きました。
今回は、ライフスタイル形成後にも安倍晋三氏が対人関係のスキルを磨くセルフトレーニングを行っていたと思われるキャリアについて調べたことを書いてみます。
参考にした出典は、フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』です。
安倍晋三氏は、成蹊大学卒業後の1977年春に渡米し、カリフォルニア州ヘイワードの英語学校に通うが、日本人だらけで勉強に障害があると判断して通学を止め、その後イタリア系アメリカ人の家に下宿しながらロングビーチの語学学校に通った。
秋に南カリフォルニア大学への入学許可が出され留学した。
2年間のアメリカ滞在後、1979年4月に帰国し、神戸製鋼所に入社。
3年間勤務した後、1982年から当時外務大臣に就任していた父・晋太郎氏の秘書官。
1991年、父・晋太郎氏が急死。
1993年に父の地盤を受け継ぎ、第40回衆議院議員総選挙に山口1区から出馬し初当選。
派閥領袖の森喜朗首相が組閣した2000年の第2次森内閣で、小泉純一郎の推薦を受け、政務担当の内閣官房副長官に就任。
第1次小泉内閣でも再任した。
2003年9月、衆議院解散を控える中で自民党の選挙の顔となる幹事長である山崎拓のスキャンダルが持ち上がったため、小泉は後任幹事長として安倍を抜擢した。
閣僚も党の要職も未経験であった安倍の幹事長就任は異例。
ここで、安倍総理が第一次内閣で首相を辞した後、民主党政権下の時期に講演で語っていたことを思い出しました。
2012年6月18日付けブログ 『危機の時代のリーダーを育てる』のお勉強
一般財団法人 交詢社主催の第4回オープンフォーラムで『危機の時代のリーダーを育てる』との基調講演で安倍晋三氏が語ったことをこんなふうにメモ書きしていました。
1時間の安倍晋三氏の講演では、M.ウェーバーの政治家に必要な3つの資質として、(1)責任感、(2)判断力、(3)情熱、を引きながら、祖父の岸信介、自分が仕えた森喜郎、小泉純一郎の首相のリーダーシップ・人柄を語り、さらには、今後のリーダー像として「守るべきものは何か?」を問いながら国柄を自覚したリーダーのあり方でまとめました。
この雌伏の時期に安倍氏がセルフトレーニングによって年長者との人間関係をさらに卓越できるようになったのかもしれません。
その表れが、安倍総理を取り巻く年上の主要閣僚と党幹部の顔ぶれです。
麻生 太郎 副総理 兼 財務大臣・・・・1940年〈昭和15年〉9月20日生まれ(78歳)
菅 義偉 内閣官房長官・・・・1948年(昭和23年)12月6日 生まれ(70歳)
二階 俊博 幹事長・・・・1939年2月17日 生まれ(80歳)
甘利 明 選挙対策委員長・・・・1949年8月27日 生まれ(69歳)
このようなトランプ大統領に代表される年長者の懐に入れるようになったのは、安倍総理が家族の中で培った末子特有の上長者に対するフォロワーシップ、別の言い方では年長者に対する調整型のリーダーシップを、かつての上司に相当する森喜朗氏と小泉純一郎の相反するリーダーの部下としての学びがあったからだろうというのが私の推測です。
あなたのご意見は、いかがでしょうか?