おはようございます。アドラー心理学に基づく勇気づけの研修(外部研修も)とカウンセリングを行う ヒュ.ーマン・ギルド の岩井俊憲です。
41年前の今日は、東京都新宿区山吹町でヒューマン・ギルドが仕事を始めた日です。
設立は1985年の4月10日でしたが、スタッフ4名で仕事を始めたのはこの日でした。
最高顧問を2人配置し、私は代表取締役の社長、取締役会長には最高顧問の一人の父親のKさん、さらにビルのオーナー格の人が非常勤取締役。
そして、もう一人の最高顧問の一人が、日本アドラー学会会長の野田俊作さんでした。
ヒューマン・ギルドのスタート時は、野田先生を大阪からお招きしてオープン・カウンセリングや講演・講座を開催することでした。
アドラー心理学の世界では、学術的なことは野田先生、事業的なことは岩井、というように一種の棲み分けができることになり、その構造は10数年続きました。
しかし、その棲み分けが崩れ、やがて1997年をもって決別に至りました。
最後は私にとって誹謗・中傷の嵐の中で「こんなことがアドラー心理学の世界で起きてしまうの?!」という、怒りを通り越してあきれるくらいになっていました。
その数年後の1999年の4月末から5月の上旬にかけて、モントリオールでジョセフ・ペルグリーノ博士と出会い、以後2019年まで言行一致したアドラー心理学の教えを受けることになりました。
その歴史流れの果てに、昨年の4月28日に『歴史的和解』の日が訪れたのです。
■詳しくは2025年4月29日付けブログ「日本アドラー心理学会との【歴史的和解】の日」をご覧ください。
https://tiwai-humanguild.hatenablog.com/entry/45549b040515e69ab28bab8680c03504
さて、昨日のことです。
私は20年ぶりに日本アドラー学会会長の機関誌『アドレリアン』を手にしました。
何と、日本アドラー学会会長の梅﨑一郎さんが、わざわざお手紙を添えて、お送りくださったのです。

梅﨑さんの論文の冒頭には「対談を終えたいま、私の胸に残っているのは、高揚感よりもむしろ長く心の奥に引っかかり続けていた仕事を、ようやく終えることができたという静かな安堵感である」と書かれていました。
「轍(わだち)を超えて―岩井俊憲氏との特別対談を振り返る―」の論文を拝読して、私は梅﨑さんの【リスペクト】に満ちた、『アドレリアン』対応に深い感動を覚えました。
https://tiwai-humanguild.hatenablog.com/entry/2025/10/19/112857
(お目休めコーナー)
