アドラー心理学による勇気づけ一筋40年 「勇気の伝道師」ヒューマン・ギルド岩井俊憲の公式ブログ

アドラー心理学に基づく勇気づけの研修(外部研修も)とカウンセリング、コンサルティングを行っています。

鹿児島の地で考える縄文文化

おはようございます。ヒューマン・ギルド の岩井俊憲です。

今日(8月10日)鹿児島県庁で「メンタルヘルス研修」を行うために鹿児島市に来ています。

宿泊先は鹿児島東急ホテル
フロントで「ツインの、景色のいい部屋をご用意いたしました」とうれしい申し出。
桜島がベランダからしっかりと見えました。

ところで、私が九州に来るたびに思うのですが、私の生まれ育った北関東と九州地区では言語のイントネーションが近くて(東北地方も含む)、関西地区に出張したときに比べると、親近感を覚えます。

ここからが私の仮説です。

日本には縄文文化が1万2千年にわたって根付いていたところに、大陸から弥生文化が伝わり、その勢力が関西地区を中心にだんだん広がる中に縄文文化を担っていた種族が北や南に移り住んで行ったのではないか、と。

このことに関して、月刊『致知』の9月号に東京大学の名誉教授の月尾嘉男氏が東北大学大学院の教授の安田善憲氏と「いま日本の進むべき道」の対談が掲載されたことが私の興味を引きました。

『致知』2012年9月号

その中に縄文文化について、私たちの認識を新たにする内容が語られていました。
ポイントを3つにまとめてお伝えします。

1.縄文文化は、農耕の弥生文化に取って代わられたマイナーな存在とされていたが、そうではなく、人類文明遺産の中でも画期的で、世界史の中で位置づけられるべきものである(安田氏)。

2.日本の縄文文化は1万2千年以上続いて、その間、戦争が一度もなくて、人々は非常に豊かな暮らしをしていて、争う必要がなかった(月尾氏)。

3.縄文時代は人と人が集団で殺し合いをした形跡が一切ない。殺し合いを回避できたメカニズムは、縄文文化が生命を慈しむ文化であったことである。発掘される土偶は百%妊婦で、生命が非常に大切にされていた。生命の誕生と成長、そして死が人生の最重要課題で、それを中心に世の中が回っていたので、殺し合いもあまりなかった(安田氏)。


これもまた私の仮説です。

東日本大震災での被災者の対応を見ると、争うことがなく、お互いが協力し合い、秩序を重んじていた行動には、縄文文化以来のDNAが脈々と伝わっていたからではないか、と。

このように出張を単に観光や食事で終わらせるのでなく、地理という横軸と、歴史という縦軸をもとに仮説を立てながら、訪れた地を考えて、時に文献を参照すると、かなり面白いものの見方ができます。

だからこそ旅は楽しい。

人気ブログランキングへ 
(クリックしてね)